公開: 2021年5月11日
更新: 2021年5月20日
1970年頃、当時の大蔵省は、精確な所得税の徴収を目的として、「国民番号制」の導入を検討していた。しかし、その検討過程において、検討委員会の委員から、個人情報の保護を理由として、反対意見が述べられた。表向きの理由は、個人情報の保護であったが、その意味することは、個人の所得を行政機関が完全に把握することで、実質的に所得税の増税と同じ効果となり、日本社会の経済を失速させるであろうとの理由であった。日本のジャーナリズムも、個人情報の保護を理由に、大蔵省案に反対姿勢を示した。結果として、大蔵省案は、国民の反対で、立ち消えとなった。
2000年代に入って、ICチップを搭載したカード媒体が開発され、その応用を模索していた電気メーカは、行政機関によるICカードの利用として、住民基本台帳カードの導入を総務省へ提案した。この時も、個人情報の保護が議論になり、反対論も強かった。総務省は、地方公共団体間での住民基本情報、すなわち住民票に記載されている情報の交換を迅速に実施するために住民基本台帳ネットワークを整備しなければならないこと、地方公共団体における個人情報の管理を厳格にするための個人情報保護法の制定を実施し、住民に対しては、行政サービスの向上を訴え、住民基本台帳カードの導入に踏み切った。しかし、住民基本台帳カードは、国民の間では普及しなかった。住民基本台帳カードを申請した人々は、インターネットを利用して所得税の申告をしようとした人々に限られていたからである。
2010年代に入って、財務省は、住民基本台帳カードの応用では、個人所得の補足が難しいことから、「マイナンバー・カード」の導入案を再提案した。その基本的な姿は、40年前の国民番号制と変わっていなかったが、国民への精神的衝撃は、住民基本台帳カードが既に存在していたため、はるかに小さかった。「マイナンバー・カード」は、国民の大きな抵抗なく、導入が決まった。それは、個人の銀行口座と個人の対応付けを可能とする。つまり、個人情報の重要な要素である、銀行口座を介した収入に関する情報の収集を可能にする。
しかし、日本社会においては、個人の収入と支出が銀行口座を介して行われる例は多いが、全てではない。特に、富裕層に属する人々の中には、銀行口座を介した資金のやり取りだけでなく、現金による資金のやり取りを実施する例も多い。このことは、財務省の国税局が、個人の収入を精確に補足することを難しくする。銀行口座を経由しない資金の動きについては、基本的に本人による申告と、資金の受取人や支払人からの申告に依存する。その両方の申告を突き合わせる作業は、簡単ではない。これが、行政による個人の収入に関する情報の収集を不完全にする。